[日々]孫の誕生日会のため上京しました。(1)

10月29日(日) 孫の8歳の誕生日が近づきましたので上京しました。

いつもは往復ともLCC利用ですが、今回はJetStarとあまり料金が変わらなかったのでANA便にしました。
ところが台風22号が接近中のため、欠航になることも考えられます。
予約の794便が、文字通り「泣くよ」便になるかもしれません。

朝からFlightAwareというアプリで大分空港の発着の状況を確認しながら空港へ。このアプリ、役にたちます。
航空機からの信号を地上の受信局が受けて、専用のサーバーに送り込んでいるのですね。
大分県にある受信局を調べてみたら、3局とも知り合いでした。好きですねえ。(笑)
幸い、794便飛ぶようです。

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羽田空港は雨。
娘1に電話したところ、「今ものすごい雨が振っている。もしかしたら電車が動かなくなくかもしれないから、こっちには来ないほうがいいかも」との返事。
孫家族は都心からかなり離れたところにいます。今日、孫の顔が見られないのはちょっと寂しいが、、、。
都内の義妹夫婦の自宅へ向かうことに。
羽田空港から池袋に出て、デパ地下で買い物。さすが都会のデパ地下です。いろいろありますねえ。
池袋から電車にちょと乗って、タクシーで義妹夫婦の自宅へ。
ははは、傘、持ってきていないのです!

義妹夫婦と酒盛り。やはり飲み過ぎますねえ。
孫とはFacetimeでお話を。明日は学校だそうです。
あ、明日は月曜日か。仕事をしなくなると、日にちや曜日がわからなくなってきます。(涙)

[日々]サツマイモを収穫しました。

10月25日(水) サツマイモ(ベニアズマ)を収穫しました。

「収穫」などというと少々大げさです。
約8mほどの畝を2本だけ掘ってみました。
この夏の日照時間の関係でしょうか、昨年に比べるとイモの数が少ないし、大きさも小さいです。
ちょっと6月~10月までの、当地の気温、降水量、日照時間を調べてみようと思います。


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しかし、昨年のように何かに食われたような跡が全くないのです。
残り2畝と別の畑に植えてあるサツマイモは11月になって掘り上げます。

[日々]薬草の会(8)

10月16日(月) 薬草の会10月例会は研修旅行です。
決して一日日帰りバスツアー)ではありません。(笑)
参加者は19名、バスを借り切って、08:15に雨の中を出発。
最初は農業文化公園近くのぶどう園に行きます。

このぶどう園、昨年東京の孫を連れてきたところです。
この時期、ブドウはほとんど収穫を終え、残り少なくなっていました。
ハウスに入ると土が「ふあふあ」するのです。おそらく、堆肥が効いているのでしょう。
野菜や果物を育てるためには土地づくりが大事だということが改めてよくわかりました。
お土産に大粒マスカット(名前をメモしなかった!)を購入。


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次は、安心院(あじむ)葡萄酒工房へ。(はい、研修旅行です!)
ちょっと早めの昼食を工場前のレストランでいただきます。(写真を撮っていません)
同じテーブルに同席した人たちと話が弾みます。
「よし、次は薬草の会忘年会をしましょう」とかってに決定。

お腹が一杯になったところで、葡萄酒工房へ。
この工房の森が素敵です。新緑の季節はもっといいでしょうね。


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葡萄酒工房でのワインの製造は終わっていたようで、工場内の掃除など行われていました。
確か毎年9月にワイン祭りが開催されているはずです。
ワインの試飲ができました。約4000円ほどする白辛口がいいです。
日頃から(特に冬場は)ワインを夕食時にいただきますが、私、1000円程度の安ワインです。(涙)


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ちょっといい気分になって、中津市に向かいます。(はい。研修旅行ですよ)
13:00 中津市鷹匠町にある大江医家資料館到着。ここで薬草園の見学をします。


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薬草園があるだけと思っていたのですが、資料館が立派でした。
ここのすごいものが展示されていたのです。
あの「解体新書」です。しかも、初版です。復刻本かと思ってたところ、本物です。
「解体新書」の4巻+図譜1巻の合計5巻が揃っています。
いやー。驚きました。本物の「解体新書」が見られるとは。

また、「重訂解体新書」の全巻(確か14巻だっと思う)もありましたよ。
あの時代に、よくまあこのような本を中津にいて入手できたと思います。


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次に、この資料館の裏に薬草園の見学です。実に綺麗に手入れがされています。
江戸時代からずっと、この庭で薬草を育て、薬にして患者さんの治療に使っていたのでしょう。
あのチョウセンアサガオやウコンもありました。
チョウセンアサガオは花岡青洲が全身麻酔薬の材料の一つとして使ったものです。
あ、この花岡青洲が行った自分の母や妻の乳がん手術の図録もこの資料館にありました。


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資料館から薬草園にむかう土間に薬草の種類や効能を描いたパネルが展示してあります。
昔からの知恵を大事にしなくてはなりません。
また、「マンダラケの会」開催のポスターもありました。
マンダラケはチョウセンアサガオのことですね。確か。
こういう医学史(という分野でしょうか)の研究をされているお医者さんがいることにも驚きました。


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資料館からの帰りには、道の駅中津に寄って、ちょっと珍しい野菜をお土産に。
夕方5時過ぎに無事に帰宅。いい研修ができました。(笑)

[PC・無線]アンテナをあげました。

10月01日(日) アンテナをあげました。

東京では孫のバイオリン発表会があっているのに、岡山ではトリニータが戦っているのに、、。
トリサポのおじいちゃんは、HFのアンテナをあげていました。
すみません。

午前中はVHF/UHFのアンテナを。なるべく小さな目立たないものにしました。
これは昔からの知り合いの業者さんにお願いをしました。
取り付け金具が市販品でないので鉄工所にお願いしておらいました。
○○ニカさん、ありがとう。
「もうアンテナ工事はB**さん(私のこと)のところで最後になるでしょう。私も歳です」と。
お互い高齢者になってしまいました。
約30年前はかなり大きな八木アンテナを上げてもらいましたが、今回は主にD-Starで運用しますので、巨大なアンテナは必要ありません。


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午後からは、例の友人二人がHFのアンテナを張ってくれました。Zeppにしました。
パンザマストに登っているのはJH6H**さん。すみません。
HF帯ではJT65とFT8で交信します。
すでに、デジタルモードでの運用に必要な許可は総務省九州総合通信局からいただいています。


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アンテナの調整は重鎮JA6H**さん持参のアンテナアナライザーで。
各アンテナは運用予定の周波数で全てSWR1.0になっています。


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自宅のアンテナ設備です。


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なるべく小さなアンテナで、出力も小さく運用する方針です。
このBlogのタイトルにもあるように「世界の片隅でひとりつぶやく」でいきます。
さあ、この片隅から出た電波ははどこまで飛んでいくか。
(今は、自分の出した電波がどこで受信されているかネットでわかります)

アンテナをあげてくれたみなさん。本当に感謝しています。
特に昔からの仲間で20年ぶりに再開局を強制(笑)してくれたJA6H**さん、JH6H**さんには感謝の言葉も見つかりません。
お二人がいなかったら、ことがこんなに早く進まなかったでしょう。

あ、孫の発表会はりっぱだったそうで、トリニータの対岡山戦も3-0で大勝利。
いい一日でした。

[PC・無線]アマチュア無線を再開しました。(3)

開局申請をしてから(正しくはしてもらってから)、インターネットで最近の無線界の様子を調べてみた。
約20年近くもネットで「アマチュア無線」と検索したことがない。うかつだった。

特にここ十数年間のアマチュア無線の世界の変化には驚かされた。
無線をする人が激減しているということは実感としてわかる。
タワーは見かけなくなったし、無線用のアンテナつけて走っている車にも出会えない。

ところが、ネットで見る限りでは、ずっと無線を続けている人がたくさんいて、デジタル化にも対応して、楽しんでいる。
結局、「電話ごっこ」とOMさん達から揶揄された人たちが、インターネットの普及につれて、この世界から去っていっただけなのか。

さて、無線再開ではやはりデジタルモードを楽しみたい。そのための許可も降りた。
最初にやろうとしたのはD-Starを使うこと。(まだ、HFのアンテナが上がっていないから)
これ、JARL(日本アマチュア無線連盟?)が中心になって開発したシステムらしい。
音声までデジタル化して飛ばすのか。まいった。

このシステムにはレピータというものがあることもわかってきた。
うーん、こりゃ、アナログのレピータと同じ考えでいいのかと思っていたら、何となんと、各地のレピータ同士がインターネットで繋がっていると言うではないか。
そうか。
昔、パケット通信でデジピータを利用していたから、基本的な仕組みは理解できる。
デジピータとデジピータ間は無線でつないでいたが、D-Starではそれがインターネットを使うだけか。。
(まあ、インターネットを使うなら、最初からSkype、LINEとかFacetimeを使えばよさそうなのに、そこがアマチュア無線家である)

大分県には別府市にそのレピータがあり、直接交信ができない局間はレピータを介して交信ができるのようだ。(山掛け通信と言うらしい。もっと恰好いい言い方はないのだろうか。でも、意味はわかる)
また、この別府のレピータを入り口(?)にして東京のレピータを出口(?)に指定してやると、別府レピータ利用者と東京のレピータ利用者間でお互いに交信できるという。(ゲートウエイ通信。D-Star管理サーバに登録が必要)

ところが、ここで大きな問題に気がついた。
私のように田舎に住んでいる者は、別府のレピーターにつながらない。エリア外なのだ。うーん、田舎在住者は蚊帳の外か。
さて、どうしよう。

調べてみると、リフレクターを使うという方法がある。
大分県アマチュア無線会の重鎮JA6H**さん、JH6H**さんは、すでにそのシステムを使っているという。
必要な機材はハンディー機とBlueDVという装置にスマホ(Andoroid)だけ。
うーん、問題はBlueDVがという装置。

ネットで調べてみると、この装置に必要な基板を配布している方がいる。
早速メールで問い合わせると、「いいですよ。今回6人分のDVMEGA基板をオランダから輸入します。多いほどば輸送費などの負担が少なくなりますから」と快諾をいただく。
この方、凄い技術の持ち主のよう。この世界の第一人者で、Webサイトの情報はすごい。
勉強させてもらいました。

9月05日に頒布を正式にお願いをする。
我が重鎮JA6H**さんはこのJR1O**さんと親しいらしい。まいった。
すぐメールで丁寧な返事をいただく。2週間ほどかかるらしい。
重鎮からも「よろしく」とメールを送ってくれていた。

9月21日 DVMEGA基板を使ったBlueDV装置が届く。
ほとんど部品代だけで、輸入手続きや組み立ての手間賃は考えてない。感謝。
9月22日 このBlueDV装置などを持って重鎮JA6H**さんとJH6H**さんと会う。
二人に教えてもらいながら、設定完了。
ほほほ。繋がる。

で、最後に重鎮に聞いてみた。
「大分県でリフレクターを使っているアマチュアは何十人くらいいるの?」と私。
「ん? 数人かな」
おお!
まいった。私もしかしたら田舎で最先端を走ってるかもしれん。

自宅からでも、インターネットに繋がりさえすれば、どこのリフレクターにもつながるらしい。
とりあえず重鎮のところにあるリフレクターのDモジュールをローカル用として常時聞いておくと3人で申し合わせた。

自宅(田舎)に帰ってから早速重鎮を呼んでみる。
2017年8月22日(金)、アマチュア無線再開局です。

おお、簡単につながる。
約20年ぶりの音声による交信である。ドキドキした。
これで田舎からも世界に向けて呼びかけることができる!(笑)
というのも、このリフレクターのAモジュールは外国のリフレクターに、Cモジュールは国内の各リフレクターに接続されているという。
(後でわかったが、このリフレクターのダッシュボードというのをネットでみると、誰が何時に使ったかが全て記録されている。悪いことはできないし、ある意味恐ろしい)

下の写真は、左からハンディー機、右がBlueDV装置、後ろがタブレット。
ハンディー機からBlueDV装置までは微弱な電波で、BlueDVからタブレットはBluetoothで、タブレットからは自宅のWiーFiで、外出先ではLTE(格安SIM利用)でインターネットに接続できる


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たった数週間でD-Starを全て理解できるはずもなく、これからが勉強。このシステム奥が深いようだ。
まあ、高齢者にとっては、ボケ防止にはなるであろう。

さて、来週はいよいよHFのアンテナを張る。(張ってもらう。張ってくれるはず、、。)
JT65やFT8を使えるぞ。

[PC・無線]アマチュア無線を再開しました。(2)

さあ、無線を再開するといっても、まず、無線局の免許申請をしなくてはなりません。

「そんなことは簡単。わしがやってやる」と大分県アマチュア無線の重鎮JA6H**さんは言う。ありがたいです。

必要なデータをFacebookのメッセンジャーで送信。

 

7月26日:電子申請に必要なIDを申請。

8月01日:ユーザーIDと初期パスワードが総務省総合通信基盤局というところから届く。これで開局申請などがネットからできるらしい。

すぐに、重鎮へ連絡。

8月01日:重鎮はすぐに開局申請をしてくれる。

8月21日:免許状を送ってもらうための返信用封筒を熊本の電監(あれ、今は総務省九州総合通信局というらしい)に送る。

8月22日:総務省九州総合通信局から納付通知が届く。お、免許が降りるぞ。2900円をネットから送金。

8月28日:無線局免許状が届く。一番気になっていたコールサインは昔と同じJH6B**になっている。よかった。もし、昔のコールが再割り当てのため、別の新しいコールになっていたら、無線の再開は中止しようと思っていた。いまさら、新しいコールでは、、、。

うーん、電波形式の表示が昔と変わっている。

すぐに重鎮へメール。次の手続をお願いする。

8月30日:JA6H**さん、JH6H**さんが来宅。アンテナ設置の相談に乗ってもらう。

8月31日:デジタルモード(D-Star、JT65、RTTYなど)を使うために、変更届けをしてもらう。

この手続きがややこしい。まず、申請なのか、単なる届け出でいいのか。ネットで調べてみるが、私には難しすぎる。

おまけに工事設計書や諸元表というのが必要。さすが重鎮は詳しい。すぐに届け出をネットでやってくれた。

9月06日:変更届はどうなっているかと申請Liteにアクセスしてみると、「8月31日に受け付け、審査中」とある。おお。

9月07日:返信用の封筒を送れと通信局からメールがくる。ということは、審査が通ったのだ。

9月08日:電波使用料の納入告知書が届く。こういうのは早い。5年間1500円をコンビニで払う。あれ、確か昔は500円/年だったのに。安くなったのか。

9月15日:無線局変更許可通知書が届く(9/13付で許可されている)

 

これで、デジタル通信ができる。法的に問題はなし。私、JH6B**は小心者ですから、方を犯すことはできません。(笑)

しかしまあ、複雑な申請や届け出がいるのです。ネットでいろんな情報はあるのですが、一人でやるのは正直難しいと思う。

私は恵まれている。

[PC・無線]アマチュア無線再開。(その1)

昨日、2017年9月22日(金) アマチュア無線を再開した。

 

1971年(昭和46年)アマチュア無線局を開局。その後、仕事の関係で大分県内をあちこちと転勤しながらアマチュア無線を楽しんできた。

1984年ごろから、パケット通信にはまり、MOシステム、W0RLIシステム、TCP/IPシステムで外国・全国のハムと交流。まだインターネットがなかった時代だった。

1989年(平成元年)現在住んでいるところに自宅新築。同時に庭にパンザマストを立て、144/430MHzのスタックをや50MHzのHV9CVを揚げた。

ところが、この頃からインターネットが普通に使えるようになり、興味はパケット通信からインターネットへ。

2005年(平成15年)ついに無線局免許状が失効(更新手続きをしていなかった)

パンザマストに揚げていたアンテナ類は自宅の外壁工事の時、撤去してもらい、無線機類は全て納屋に収納。

 

それから約15年間アマチュア無線は私の頭には一切なかった。

とことが、今年2017年(平成29年)7月25日、昔むかしパケット通信で遊んだ仲間6人が集ったことがきっかけで、この歳になりアマチュア無線を再開することになってまった。

 

集まったメンバーは、

JA6H**:元日本を代表する通信会社社員。海外協力隊員としても、レバノン、西サモアで活躍。現在大分県無線界の重鎮。

JH6H**:元某カメラ・プリンタメーカーの技術者。彼からMacの手ほどきをうけた。改造したハイエースはみごと。

JH6P**:元某IT関係の技術者。IBMコンパチ機(死語か!)についていろいろ教えてもらった。メカに強い。

JG6F**:現某TV局勤務。彼が高校生の時からの友人。ちょっと変わった作りの家に住んでいる。

JG6T**:現在いくつかの会社の社長。彼も高校生の時からの友人。大分県の無線界でこの人を知らない人ははモグリ。すみません。

に私。

 

その席上、大分県無線界の重鎮から無線再開を強要される。(笑)

正直、「もう、よだきいなあ」と思った。

ところが、今は、無線機とコンピュータ、インターネットを駆使してアマチュア無線を楽しむ時代だと聞かされて、心が動く。(笑)

JH6H**もこの重鎮から説得されて、無線をこの4月から再開したと言う。

 

さて、無線再開を決意してから、、、

この集まりの直後、JH6H**さんから、再開へむけての手続きの方法(今はネットから各種の申請ができるらしい)、最近の無線界について(特にデジタル通信)、運用に必要なソフト関係の詳しい文書がメールで届く。おお。

アマチュア無線界の変化に驚く。おお、これはやってみるしかない。

[旅行]高松、丸亀、直島に行ってきました。(4)

7月31日(月) 旅行最終日です。
妹夫婦を高松空港で送って自宅まで帰ります。

06:30 ホテルの周囲を散歩してみました。

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朝早いので海を望む椅子にはだれも座っていません。薄くもやがかかっています。
昨日から気になってしかたのなかったオブジェで記念撮影を。(笑)
いくつかのオブジェは定期的に取り替えているそうです。

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06:45 ベネッセハウスをチェックアウトです。

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宮浦港まで自転車で。まだ涼しい時間帯ですので気持ちがいいです。
自転車を返えして港に向かう途中にこんな車が駐めてありました。レンタカーかな。
宮浦港前の住吉神社に「環境のまち 直島」という電光掲示板が。
日付に注目を。私の誕生日なのです。いい記念になりました。
この年齢までまさか生きながらえていようとは思ってもいませんでした。
今のところ、どこも異常がありません。薬やサプリメントなど全く飲んでいませんし、健康に良いことなど全くしていません。
ただ、だらだらと生活していますが、元気です。(笑)
あ、Facebookを通してお祝いのメーッセージをたくさんいただきました。
こうして元気に旅行もできるのは、皆さん方や家族のおかげと思っています。
みなさん、ありがとうございました。これからも(これからが大変です)よろしくお願いいたします。

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宮浦港のショップでお土産を買って、高松港行きの船を待ちます。
今日は月曜ですので、高速船はありません。

直島、本当にいい島でした。ごく小さな島と思っていたのですが、、。
想像以上に大きく、綺麗な島でした。また、島民の家がみな大きいのに驚きました。豊かな島なのでしょう。
宮浦港も本村港も、古くなった漁網や発泡スチロールの箱などのゴミが全くありません。
島の人々や多くの関係者の努力の結果なのでしょう。「島」のイメージがかわりました。
気候も温暖のようですし、高松や宇野までの連絡が定期的にあるので、若者の移住先としていいと思います。
もう一度来たいなあ。春に。

09:07 宮浦港発
ちょうど1時間の船旅でした。フェリー、大きいです。
運行は完全自動になっているのでしょうか。

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10:07 高松港着
車を出しに行く前に、またまたお土産を買いに。駅前の香川県のお土産センターのようなお店です。

10:40 高松空港に向けて出発。
途中、うどん屋さんを探していると、電柱に「かわたうどん」という看板がずっと出てくるのです。
矢印に従っていくと、空港のすぐ近くのようです。
ここで今回のうどんツアー3軒目です。
お店のおすすめは「オリーブ牛 肉うどん」らしい。迷わず注文。
周囲を見ると、「鍋焼きうどん」を食べているお客さんが多いのです。この夏の暑い中に。
これもここの名物なのかなあ。

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13:00 高松空港着
妹夫婦は13:55発のJAL便で東京に帰ります。後1週間後には孫家族とともに帰省してきますが。(笑)
私たちも自宅へ。
このままでは予定よりも早く三崎港からのフェリーに乗れそうです。

松山高速道の石鎚山サービスエリアで休憩。
石鎚登山のパンフレットをいただきました。
来シーズン、大分や愛媛、讃岐がJ2にいたら、アウェイ戦の帰りに石鎚山に行きたいのです。
子供の頃、父親たちに連れられて、鎖を伝って山頂まで行ったことがあります。
無事にこの歳になれたのでお礼参りをしたいのです。

フェリーにはネットで予約していた便より2便早く乗船できました。
三崎港ではちゃんと「じゃこ天」も買いましたよ。

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16:30 三崎港発
17:40 佐賀関港着
18:15 自宅着
お陰様で3泊4日の讃岐戦観戦旅行も無事終了です。走行距離、ちょうど700km。
1日の日田市での玉三郎特別公演行きから始まった何かと忙しかった今年の7月が終わりました。
さあ、1週間後は孫達が帰省してくるぞ。

[旅行]高松、丸亀、直島に行ってきました。(3)

7月30日(日) 対讃岐戦の翌日は娘1からの強い勧めもあり、直島観光をしてきました。
今夜はこの島のベネッセハウスに泊まります。日頃の格安ビジネスホテルとは一泊が一桁違いますぞ。(笑)
ホテルの予約から支払いまでを済ませてくれた娘1に感謝。私の古稀のお祝いとして遠慮なくいただきます。
ありがとな。

さて、期待はずれの観光地も多い中,ここ直島は全くその逆でした。
島の住民と岡山に本社をもつベネッセが協力して島起こしをした結果、現代アートの島として有名になったとは聞いていましたが、こんなにも素晴らしいところだとは思っても見なかったです。

07:30 丸亀のホテル出発。高松港に向かいます。
08:30 港前にある地下駐車場に車を預け、フェリー乗り場に。
高松港は大きいです。瀬戸内海のいろんな島に行き来するフェリー、連絡船がたくさん出入りしています。

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直島行き高速船を利用します。所要時間は25とのこと。

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09:15 高松港発。
09:40 直島宮浦港着。

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妹が前もってネット予約していたお店で、自転車を借ります。
かっこいい自転車もありますが、私たちは電動アシスト付きママチャリを。(笑)
直島の主な観光スポットは宮ノ浦エリア、本村エリア、ベネッセハウス周辺の3ヶ所。自転車の利用が最もいいでしょう。

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最初に直島パヴィリオンへ。
ステンレスの網でできた建築物で中に入れます。

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直島と言えば、この人の作品が一番有名でしょう。草間彌生さんの「赤かぼちゃ」

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島民の方が乗れるバス(観光客ものれるのかな)も草間さんのデザイン。

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自転車で本村エリアに移動します。電動自転車ですから坂道も楽々です。1台欲しいなあ。
このエリアでは「家プロジェクト」を中心に町並みを見てまわります。
家プロジェクト「はいしゃ」、「石橋」など、、。
もうちょっと周りたかったのですが、この暑さでは体力が持ちません。

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水分補給を忘れずに。このエリア、昔風のお店が残っています。

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町並みと言うか路地が素敵です。

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こんなものも、

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古くからの住民の方には屋号があるようです。独特な表札がいいです。

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本村港にも行ってみました。ここからは宇野港への連絡船が出ています。
ここにも強大なオブジェがあります。地元の人は「泡」と呼んでいるそうです。

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この港近くで昼食です。
ごく最近できたお店のようですが、11:00 開店と同時にほぼ満席でした。
海鮮丼と煮魚・焼魚にお刺身しかないそうです。海鮮丼と生ビールをお願いしました。
ところが、生ビールの機械が故障したと言っ出てきません。おまけに海鮮丼につけるものが間違ってしまったと言って取り替えてくれるのです。この写真は間違っているものです。(笑)
でも、ご主人(漁師さんかな)をはじめみなさん、とても感じがいいのです。おそらくご家族だけでやっているのでしょう。
カメノテのお味噌汁が大変美味しかったです。ここ、カメノテが名物なのでしょうか。暖簾も箸袋もカメノテがデザインされていました。

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生ビールは飲めなかったのですが、気を取り直して、つつじ荘へ。海水浴場があります。
浜辺ではハマゴウが咲いていました。
ここのレストランでやっと生ビールを。(笑)
ここから先、地中美術館までがベネッセエリアになります。
したがって、ここに自転車を置いて、ベネッセのシャトルバスに乗り換えないといけないようです。
ところが、ベネッセエリアの入り口(東ゲート)の係のおじさんに「今夜ベネッセハウスに宿泊するのですが」と聞いてみると、宿泊者リストを確認してから、「どうぞ自転車のまま入って下さい」と許可証を出してもらえました。
ラッキー、これでベネッセエリア内でも自由に動き回れます。

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東ゲートの100m程先に「黄かぼちゃ」があります。記念写真を取るためにたくさん人が並んでいます。

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次はベネッセエリアの一番奥にある地中美術館へ。
途中、素敵なオブジェのあるパークを通ります。ここにあるオブジェ、うちの庭にも欲しいなあ。
一体、幾らほどするのか。下賤なことを考えてしまいました。(笑)

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北ゲートを抜けて地中美術館に到着。
チケットセンターで説明を受け、美術館へ。夏の花が綺麗です。
この地中美術館、建物(建築家 安藤忠雄)自体が作品だとか。
館内では、クロード・モネの絵画、ウォルター・デ・マリの各品(球体と金箔を貼った柱がよかった)、それにジェームス・タレルの作品(なんとも不思議な空間でした)を鑑賞することができました。
4名の作者は共に「光」をモチーフにしていると思うのですが、今日のような夏の強い光よりも、春の柔らかな光の元で鑑賞したほうがいいかもしれません。

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次はベネッセハウスミュージアムへ。
ここは安藤忠雄設計のホテルと美術館が一緒になった施設です。B1F~2Fに多くの作品を鑑賞できます。
ヤニス・クリネスの「無題(1996)」とリチャード・ロングの「瀬戸内海の流木の円(1997)」がよかったですね。
ここベネッセミュージアムも地中美術館も入館者の2/3は外国人です。それもアジア系でなく若い西洋人が多いのです。
驚きました。
当然美術館なので写真は撮っていません。

チェックインにちょうどいい時間になってきたので、ベネッセハウスの方へ移動。
玄関はシンプル、落ち着いています。
部屋からの眺望がいいです。
あれ、部屋の写真を撮ってない。

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ホテル内にいろんな作品があります。

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夕食はホテルのテラスレストラン「海の星」で。
今夜は居酒屋ではありませんぞ。ちょっと上品にしなくてはならないのかなあ。

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食前酒から時間をかけて夕食。有名シェフによるフランス料理フルコースいただきます。
一品一品丁寧な説明がつきます。時にはこんな時間を過すのもいいいか。(笑)
でも、出てくる料理ごとに写真を撮るのは、、、。はい、貧乏人なのです。わかっています。

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夕食後、ホテル内の作品を解説してくれるツアーに参加しました。約1時間程かかりましたが勉強になりました。
ここもやはり「光」にこだわっているようです。

朝から充実した一日でした。
明日は妹夫婦を高松空港まで送って、高松から八幡浜、三崎港からフェリーで佐賀関港まで。

[トリ]やっと勝てた! 第25節、対カマタマーレ讃岐戦。

7月29日(土) 第25節、対カマタマーレ讃岐戦。1-0。

現地気温が30度を超える中での観戦。暑いと言うより熱い。水分補給に気をつけながらの観戦であった。
この暑さの中、選手たちは45分+45分を走り続けた。プロとはいえ「凄い」の一語に尽きる。

試合開始から、引いた讃岐を何とかして壊そうとするすが、なかなか思い通りにはならない。
DFラインから確実に確実に繋いでいこうとするがパスミスも多い。
ゴールを前にしてなかなか蹴ろうとしない選手に周囲から「蹴れ!」とか「打てや!」という声援が飛ぶ。
胃がキリキリする試合であったが、何とか勝てた。久しぶりの勝ち点3である。やっとやっと勝てたという気がする。

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いつものように試合前後の様子を。
ホテルにチェックインして徒歩でPikaraスタジアムへ。

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アウェイサポーターおもてなしブースで、香川県の伝統お菓子「おいり」とうどんをいただく。
アウェイ讃岐戦は今回で3回目になるが、毎回讃岐のスタッフの方が親切である。
待機列で開門待ちをしていると、一昨年ここで会った大分出身で丸亀市在住の青年にまたまた遭遇。
彼はまだ讃岐のボランティアを続けているようだ。
彼とは何かと縁がある。
あるとき大分市内のバス停にトリのユニ着て一人立って青年にがいた。
「大銀ドームに行くなら乗って行きませんか」と声をかける。車に乗り込んだ途端、お互い「あ、讃岐でお会いした!」と。
今日、彼はその時、大銀ドームで私たちと撮った写真をプリントして持って来てくれていた。
彼の気持ちが嬉しい。また何処かで会えるといいねえ。

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讃岐のマスコット「さぬぴー」くん。頭がどんぶりに入ったかまたまうどんになっている。
Pikaraスタジアム、トイレが工事中でちょと不便であったが、スタグルが充実していた。
大銀ドームもここ讃岐や他のスタジアムのように外の広場にお店を出せないのだろうか。

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讃岐のサポータと大分のサポータ。
今日もトリサポは軽く500人は超えているだろう。

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讃岐の選手で知っているのは元トリニータの木島良輔選手(兄の方)と西選手。
西選手はサブで入っている。
それに、高木和正選手、木島徹也選手(弟)、我那覇和樹選手、原一樹選手、エブソン選手(プリンターメーカーのエプソンに似ているのので覚えている)

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さて、試合の方は、、

讃岐は練習場確保もままならぬと聞いた。それに比べれば大分は恵まれている。トリの選手たち、頑張れ!

前半戦は讃岐ペース。
2015シーズン第01節(アウェイ開幕戦)で0-2で負けたことが頭をよぎりる。
うーん、うちはパスミスが多いなあ。右サイドから、左サイドからと何とか引いた相手を壊そうとするが、思うようにはいかない。
何か第23節対愛媛戦、第24節対水戸戦と同じような展開になりそうである。
鈴木惇のミドルシュートもあったが、大分が勝負をかけているようには見えない。暑さを考えてのことなのだろうか。
後ろにいたご婦人が「打たんか!」と声を張り上げる。
前半0-0。

後半やっと大分ペースに。
特に山岸に替わってシキーニョの投入から大分が優勢になってきた。
しかし、いいクロスもはいるのだが、タイミングが合わない。胃がキリキリする。

23分、小手川から大津。この監督の采配が後で決定的な結果を出すことになる。
33分、竹内→大津→鈴木惇→大津のシュートで先制。
大津はトラップがうまい。前かがみなって胸でボールを受け、足元に落としている。1-0。
この後、讃岐が前がかりになってくるが、大分のDF陣が何とか守り切って試合終了。

対カマタマーレ讃岐戦は1-0での勝利。久しぶりの勝ち点3は嬉しい。
今夜は祝杯をあげられるぞ!

さあ、次節はアウェイで対横浜FC戦か。
J2の順位が拮抗している中、連勝したいなあ。

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