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[日々]孫の誕生日会のため上京しました。(3)

10月31日(火) 昨夜は妹夫婦たちと酒盛りです。孫は学校で忙しいので、夜にFacetimeでお話を。
いやー、よく飲みました。日頃寝付きがよくないのに、バタンキューでおまけに熟睡。
朝、弟が出勤したのさえ覚えていません。スミマセン。
私、都会の空気が身体にあっているのかもしれません。(笑)

今日は一人で行動します。「聖地」を2ヶ所巡るつもりです。
最初はハム(アマチュア無線をする人)の聖地「秋葉原 秋月電子通商」に行きます。
この春にもここに来ましたが、その時はアマチュア無線を再開するなど思ってもいなかったのに。
したがって、今回は無線関係の部品の調達です。
「富士無線電機」や「あきばお~も」近くにあります。
その他、「ロケット」などの無線関係のお店で無線機の周辺機器や本を購入。

この秋葉原は日本が多国籍国家になったと思わせるような街です。いろんな国からの人の姿が見られます。
お昼近くになったので、本日第二の「聖地」である神田神保町に移動。途中、昼食を。
私一人でお店に入れるようになったのです。(笑)
こじゃれたお店はまだダメですが、普通に食事が一人ででもできそうな所には。
進歩です。


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古本の街神田神保町では、たまたま古本市があってました。これは嬉しい想定外の出来事です。
歩道にお店がたくさん、実にたくさん並んでいます。路地にも。
興奮しますね。


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今日はチベット、ヒマラヤ関連の本を中心に探します。
何万冊という本が並んでいても、欲しい本は向こうから呼びかけてくるのでわかります。(笑)
少々疲れましたので、休憩所のようなところで休憩です。
ここの責任者のような方と話ができました。
「今日はまだ人が少ない方です。土日は身動きが取れないですよ。東京駅からはここまでシャトルバスが出ています」と。
読者人口が減ったとよく聞きますが、本好きの人はまだまだいるようです。


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さあ、まだ時間はあります。いろんな書店を周ってみました。
ちょうど、この春に来た時に入れなかった韓国語関係のお店に勇気を持って入ってみました。
ここは通りからの入り口がわかりにくいです。ビルの3階の一室です。
思っていたよりいい雰囲気のお店でしたよ。
店長さん(女性)は佐賀県出身だとか。いろんな話ができ、お茶も飲めるようになっているので、アイスコーヒーをいただきました。
ここで韓国の小学生用の本を購入。サッカー関連の本を一冊見つけましたが高価なために断念。
また、来たいお店です。「欲しい本がありましたら、連絡下さい。輸入してあげますよ」とのことでした。


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夕方近くになりましたが、まだまだ飽きることはありません。
ところが、、、。
いろんな本を買い過ぎて手持ちの現金がなくなってきました。
カードを持っていますが、露天の古本屋ではカードが使えません。
コンビニでカードから現金を引き出せばいいことは知識としては知っています。
でも、私、出来ないのです。で、撤退です。

うちの奥様や妹からは「ATM使いきらんの? 信じられん!」と馬鹿にされましたが、本当なので仕方ありません。
コンピュータから支払いや送金は自由にできるのですが、、、、。

はい、今夜も弟の帰宅を待って酒盛りです。
またバタンキューになりますが、スミマセン。

[日々]孫の誕生日会のため上京しました。(2)

10月30日(月) 両国界隈を散策してきました。

両国駅には横綱の額や手形の展示がしてあります。大相撲ファンにとっての「聖地」です。


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よく考えたら(笑)、今日は月曜日。駅近くのほとんどの施設はお休みでした。
仕方なく、両国国技館へ直行します。このあたり、公園が多いようです。
途中で古い家屋を見つけました。管理が大変でしょうね。


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国技館前には来館者用の記念撮影ポイントがあります。
うちの奥様、こういうところは見逃しません。
風が強かったので髪がバサバサ。でも、ちょうどお相撲さんの髪型のようです。


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国技館の売店で来年度のポスターをいただき、番付表をお土産に買いました。
たまたま今日が番付発表の日でラッキーでした。(あ、ポスターと番付表の写真を忘れている!)
昼食は、近くの「ちゃんこ霧島」で。お客さん、多いです。


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次は私たちトリサポの「聖地」である国立競技場に向かいます。
現在、ここは東京オリンピックに向けて工事中。
この正門前の道向の建物は変わっていませんでした。

2008年11月1日、ここでヤマサキナビスコ杯優勝戦が行われ、大分2(高松、ウェズレイ)-0清水で大分トリニータが優勝したのです。この日、この朝みんなで並びました。
試合後は、ここでシャムスカ監督の家族にもお会いできたのは忘れることができません。

また、2012年11月23日、田坂監督の下、J1昇格プレーオフでも大分1(林)-0千葉でJ1昇格決定。
この日も早朝からここに並びました。


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国立競技場付近も公園などがあって緑が多いです。都内で養蜂業ができると聞いたことがありますが、納得です。
絵画館、明治神宮野球場の前を通って、外苑いちょう並木通りへ。
いちょうの葉はまだ完全に黄色になっていませんでしたが、いい雰囲気の場所です。


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あ、うちの奥様が記念に一枚というので、、、。すみません。都会の雰囲気になじめないお上りさん(死言か!)です。
向こう側には行列ができているお店が。道には高級車が停まっています。
近くまで行ってみたところ、喫茶店のようです。それにしても、この行列。東京の人はよく並ぶなあ。
最後尾の人は何時間待ったら入店できるのでしょう。我慢強いなあ。
お店にいる人はゆったりとこの雰囲気を楽しんでいるようです。私のような田舎者は、待っている人が気になって気になって、ゆっくりと過ごせません。はい、田舎者なのです。


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さあ、これから買い物をして、今夜も宴会ですぞ。
明日は、私にとってまた別の「聖地」に行きます。

[日々]孫の誕生日会のため上京しました。(1)

10月29日(日) 孫の8歳の誕生日が近づきましたので上京しました。

いつもは往復ともLCC利用ですが、今回はJetStarとあまり料金が変わらなかったのでANA便にしました。
ところが台風22号が接近中のため、欠航になることも考えられます。
予約の794便が、文字通り「泣くよ」便になるかもしれません。

朝からFlightAwareというアプリで大分空港の発着の状況を確認しながら空港へ。このアプリ、役にたちます。
航空機からの信号を地上の受信局が受けて、専用のサーバーに送り込んでいるのですね。
大分県にある受信局を調べてみたら、3局とも知り合いでした。好きですねえ。(笑)
幸い、794便飛ぶようです。

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羽田空港は雨。
娘1に電話したところ、「今ものすごい雨が振っている。もしかしたら電車が動かなくなくかもしれないから、こっちには来ないほうがいいかも」との返事。
孫家族は都心からかなり離れたところにいます。今日、孫の顔が見られないのはちょっと寂しいが、、、。
都内の義妹夫婦の自宅へ向かうことに。
羽田空港から池袋に出て、デパ地下で買い物。さすが都会のデパ地下です。いろいろありますねえ。
池袋から電車にちょと乗って、タクシーで義妹夫婦の自宅へ。
ははは、傘、持ってきていないのです!

義妹夫婦と酒盛り。やはり飲み過ぎますねえ。
孫とはFacetimeでお話を。明日は学校だそうです。
あ、明日は月曜日か。仕事をしなくなると、日にちや曜日がわからなくなってきます。(涙)

[日々]サツマイモを収穫しました。

10月25日(水) サツマイモ(ベニアズマ)を収穫しました。

「収穫」などというと少々大げさです。
約8mほどの畝を2本だけ掘ってみました。
この夏の日照時間の関係でしょうか、昨年に比べるとイモの数が少ないし、大きさも小さいです。
ちょっと6月~10月までの、当地の気温、降水量、日照時間を調べてみようと思います。


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しかし、昨年のように何かに食われたような跡が全くないのです。
残り2畝と別の畑に植えてあるサツマイモは11月になって掘り上げます。

[日々]薬草の会(8)

10月16日(月) 薬草の会10月例会は研修旅行です。
決して一日日帰りバスツアー)ではありません。(笑)
参加者は19名、バスを借り切って、08:15に雨の中を出発。
最初は農業文化公園近くのぶどう園に行きます。

このぶどう園、昨年東京の孫を連れてきたところです。
この時期、ブドウはほとんど収穫を終え、残り少なくなっていました。
ハウスに入ると土が「ふあふあ」するのです。おそらく、堆肥が効いているのでしょう。
野菜や果物を育てるためには土地づくりが大事だということが改めてよくわかりました。
お土産に大粒マスカット(名前をメモしなかった!)を購入。


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次は、安心院(あじむ)葡萄酒工房へ。(はい、研修旅行です!)
ちょっと早めの昼食を工場前のレストランでいただきます。(写真を撮っていません)
同じテーブルに同席した人たちと話が弾みます。
「よし、次は薬草の会忘年会をしましょう」とかってに決定。

お腹が一杯になったところで、葡萄酒工房へ。
この工房の森が素敵です。新緑の季節はもっといいでしょうね。


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葡萄酒工房でのワインの製造は終わっていたようで、工場内の掃除など行われていました。
確か毎年9月にワイン祭りが開催されているはずです。
ワインの試飲ができました。約4000円ほどする白辛口がいいです。
日頃から(特に冬場は)ワインを夕食時にいただきますが、私、1000円程度の安ワインです。(涙)


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ちょっといい気分になって、中津市に向かいます。(はい。研修旅行ですよ)
13:00 中津市鷹匠町にある大江医家資料館到着。ここで薬草園の見学をします。


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薬草園があるだけと思っていたのですが、資料館が立派でした。
ここのすごいものが展示されていたのです。
あの「解体新書」です。しかも、初版です。復刻本かと思ってたところ、本物です。
「解体新書」の4巻+図譜1巻の合計5巻が揃っています。
いやー。驚きました。本物の「解体新書」が見られるとは。

また、「重訂解体新書」の全巻(確か14巻だっと思う)もありましたよ。
あの時代に、よくまあこのような本を中津にいて入手できたと思います。


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次に、この資料館の裏に薬草園の見学です。実に綺麗に手入れがされています。
江戸時代からずっと、この庭で薬草を育て、薬にして患者さんの治療に使っていたのでしょう。
あのチョウセンアサガオやウコンもありました。
チョウセンアサガオは花岡青洲が全身麻酔薬の材料の一つとして使ったものです。
あ、この花岡青洲が行った自分の母や妻の乳がん手術の図録もこの資料館にありました。


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資料館から薬草園にむかう土間に薬草の種類や効能を描いたパネルが展示してあります。
昔からの知恵を大事にしなくてはなりません。
また、「マンダラケの会」開催のポスターもありました。
マンダラケはチョウセンアサガオのことですね。確か。
こういう医学史(という分野でしょうか)の研究をされているお医者さんがいることにも驚きました。


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資料館からの帰りには、道の駅中津に寄って、ちょっと珍しい野菜をお土産に。
夕方5時過ぎに無事に帰宅。いい研修ができました。(笑)

[PC・無線]アンテナをあげました。

10月01日(日) アンテナをあげました。

東京では孫のバイオリン発表会があっているのに、岡山ではトリニータが戦っているのに、、。
トリサポのおじいちゃんは、HFのアンテナをあげていました。
すみません。

午前中はVHF/UHFのアンテナを。なるべく小さな目立たないものにしました。
これは昔からの知り合いの業者さんにお願いをしました。
取り付け金具が市販品でないので鉄工所にお願いしておらいました。
○○ニカさん、ありがとう。
「もうアンテナ工事はB**さん(私のこと)のところで最後になるでしょう。私も歳です」と。
お互い高齢者になってしまいました。
約30年前はかなり大きな八木アンテナを上げてもらいましたが、今回は主にD-Starで運用しますので、巨大なアンテナは必要ありません。


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午後からは、例の友人二人がHFのアンテナを張ってくれました。Zeppにしました。
パンザマストに登っているのはJH6H**さん。すみません。
HF帯ではJT65とFT8で交信します。
すでに、デジタルモードでの運用に必要な許可は総務省九州総合通信局からいただいています。


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アンテナの調整は重鎮JA6H**さん持参のアンテナアナライザーで。
各アンテナは運用予定の周波数で全てSWR1.0になっています。


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自宅のアンテナ設備です。


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なるべく小さなアンテナで、出力も小さく運用する方針です。
このBlogのタイトルにもあるように「世界の片隅でひとりつぶやく」でいきます。
さあ、この片隅から出た電波ははどこまで飛んでいくか。
(今は、自分の出した電波がどこで受信されているかネットでわかります)

アンテナをあげてくれたみなさん。本当に感謝しています。
特に昔からの仲間で20年ぶりに再開局を強制(笑)してくれたJA6H**さん、JH6H**さんには感謝の言葉も見つかりません。
お二人がいなかったら、ことがこんなに早く進まなかったでしょう。

あ、孫の発表会はりっぱだったそうで、トリニータの対岡山戦も3-0で大勝利。
いい一日でした。

[PC・無線]アマチュア無線を再開しました。(3)

開局申請をしてから(正しくはしてもらってから)、インターネットで最近の無線界の様子を調べてみた。
約20年近くもネットで「アマチュア無線」と検索したことがない。うかつだった。

特にここ十数年間のアマチュア無線の世界の変化には驚かされた。
無線をする人が激減しているということは実感としてわかる。
タワーは見かけなくなったし、無線用のアンテナつけて走っている車にも出会えない。

ところが、ネットで見る限りでは、ずっと無線を続けている人がたくさんいて、デジタル化にも対応して、楽しんでいる。
結局、「電話ごっこ」とOMさん達から揶揄された人たちが、インターネットの普及につれて、この世界から去っていっただけなのか。

さて、無線再開ではやはりデジタルモードを楽しみたい。そのための許可も降りた。
最初にやろうとしたのはD-Starを使うこと。(まだ、HFのアンテナが上がっていないから)
これ、JARL(日本アマチュア無線連盟?)が中心になって開発したシステムらしい。
音声までデジタル化して飛ばすのか。まいった。

このシステムにはレピータというものがあることもわかってきた。
うーん、こりゃ、アナログのレピータと同じ考えでいいのかと思っていたら、何となんと、各地のレピータ同士がインターネットで繋がっていると言うではないか。
そうか。
昔、パケット通信でデジピータを利用していたから、基本的な仕組みは理解できる。
デジピータとデジピータ間は無線でつないでいたが、D-Starではそれがインターネットを使うだけか。。
(まあ、インターネットを使うなら、最初からSkype、LINEとかFacetimeを使えばよさそうなのに、そこがアマチュア無線家である)

大分県には別府市にそのレピータがあり、直接交信ができない局間はレピータを介して交信ができるのようだ。(山掛け通信と言うらしい。もっと恰好いい言い方はないのだろうか。でも、意味はわかる)
また、この別府のレピータを入り口(?)にして東京のレピータを出口(?)に指定してやると、別府レピータ利用者と東京のレピータ利用者間でお互いに交信できるという。(ゲートウエイ通信。D-Star管理サーバに登録が必要)

ところが、ここで大きな問題に気がついた。
私のように田舎に住んでいる者は、別府のレピーターにつながらない。エリア外なのだ。うーん、田舎在住者は蚊帳の外か。
さて、どうしよう。

調べてみると、リフレクターを使うという方法がある。
大分県アマチュア無線会の重鎮JA6H**さん、JH6H**さんは、すでにそのシステムを使っているという。
必要な機材はハンディー機とBlueDVという装置にスマホ(Andoroid)だけ。
うーん、問題はBlueDVがという装置。

ネットで調べてみると、この装置に必要な基板を配布している方がいる。
早速メールで問い合わせると、「いいですよ。今回6人分のDVMEGA基板をオランダから輸入します。多いほどば輸送費などの負担が少なくなりますから」と快諾をいただく。
この方、凄い技術の持ち主のよう。この世界の第一人者で、Webサイトの情報はすごい。
勉強させてもらいました。

9月05日に頒布を正式にお願いをする。
我が重鎮JA6H**さんはこのJR1O**さんと親しいらしい。まいった。
すぐメールで丁寧な返事をいただく。2週間ほどかかるらしい。
重鎮からも「よろしく」とメールを送ってくれていた。

9月21日 DVMEGA基板を使ったBlueDV装置が届く。
ほとんど部品代だけで、輸入手続きや組み立ての手間賃は考えてない。感謝。
9月22日 このBlueDV装置などを持って重鎮JA6H**さんとJH6H**さんと会う。
二人に教えてもらいながら、設定完了。
ほほほ。繋がる。

で、最後に重鎮に聞いてみた。
「大分県でリフレクターを使っているアマチュアは何十人くらいいるの?」と私。
「ん? 数人かな」
おお!
まいった。私もしかしたら田舎で最先端を走ってるかもしれん。

自宅からでも、インターネットに繋がりさえすれば、どこのリフレクターにもつながるらしい。
とりあえず重鎮のところにあるリフレクターのDモジュールをローカル用として常時聞いておくと3人で申し合わせた。

自宅(田舎)に帰ってから早速重鎮を呼んでみる。
2017年8月22日(金)、アマチュア無線再開局です。

おお、簡単につながる。
約20年ぶりの音声による交信である。ドキドキした。
これで田舎からも世界に向けて呼びかけることができる!(笑)
というのも、このリフレクターのAモジュールは外国のリフレクターに、Cモジュールは国内の各リフレクターに接続されているという。
(後でわかったが、このリフレクターのダッシュボードというのをネットでみると、誰が何時に使ったかが全て記録されている。悪いことはできないし、ある意味恐ろしい)

下の写真は、左からハンディー機、右がBlueDV装置、後ろがタブレット。
ハンディー機からBlueDV装置までは微弱な電波で、BlueDVからタブレットはBluetoothで、タブレットからは自宅のWiーFiで、外出先ではLTE(格安SIM利用)でインターネットに接続できる


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たった数週間でD-Starを全て理解できるはずもなく、これからが勉強。このシステム奥が深いようだ。
まあ、高齢者にとっては、ボケ防止にはなるであろう。

さて、来週はいよいよHFのアンテナを張る。(張ってもらう。張ってくれるはず、、。)
JT65やFT8を使えるぞ。

[PC・無線]アマチュア無線を再開しました。(2)

さあ、無線を再開するといっても、まず、無線局の免許申請をしなくてはなりません。

「そんなことは簡単。わしがやってやる」と大分県アマチュア無線の重鎮JA6H**さんは言う。ありがたいです。

必要なデータをFacebookのメッセンジャーで送信。

 

7月26日:電子申請に必要なIDを申請。

8月01日:ユーザーIDと初期パスワードが総務省総合通信基盤局というところから届く。これで開局申請などがネットからできるらしい。

すぐに、重鎮へ連絡。

8月01日:重鎮はすぐに開局申請をしてくれる。

8月21日:免許状を送ってもらうための返信用封筒を熊本の電監(あれ、今は総務省九州総合通信局というらしい)に送る。

8月22日:総務省九州総合通信局から納付通知が届く。お、免許が降りるぞ。2900円をネットから送金。

8月28日:無線局免許状が届く。一番気になっていたコールサインは昔と同じJH6B**になっている。よかった。もし、昔のコールが再割り当てのため、別の新しいコールになっていたら、無線の再開は中止しようと思っていた。いまさら、新しいコールでは、、、。

うーん、電波形式の表示が昔と変わっている。

すぐに重鎮へメール。次の手続をお願いする。

8月30日:JA6H**さん、JH6H**さんが来宅。アンテナ設置の相談に乗ってもらう。

8月31日:デジタルモード(D-Star、JT65、RTTYなど)を使うために、変更届けをしてもらう。

この手続きがややこしい。まず、申請なのか、単なる届け出でいいのか。ネットで調べてみるが、私には難しすぎる。

おまけに工事設計書や諸元表というのが必要。さすが重鎮は詳しい。すぐに届け出をネットでやってくれた。

9月06日:変更届はどうなっているかと申請Liteにアクセスしてみると、「8月31日に受け付け、審査中」とある。おお。

9月07日:返信用の封筒を送れと通信局からメールがくる。ということは、審査が通ったのだ。

9月08日:電波使用料の納入告知書が届く。こういうのは早い。5年間1500円をコンビニで払う。あれ、確か昔は500円/年だったのに。安くなったのか。

9月15日:無線局変更許可通知書が届く(9/13付で許可されている)

 

これで、デジタル通信ができる。法的に問題はなし。私、JH6B**は小心者ですから、方を犯すことはできません。(笑)

しかしまあ、複雑な申請や届け出がいるのです。ネットでいろんな情報はあるのですが、一人でやるのは正直難しいと思う。

私は恵まれている。

[PC・無線]アマチュア無線再開。(その1)

昨日、2017年9月22日(金) アマチュア無線を再開した。

 

1971年(昭和46年)アマチュア無線局を開局。その後、仕事の関係で大分県内をあちこちと転勤しながらアマチュア無線を楽しんできた。

1984年ごろから、パケット通信にはまり、MOシステム、W0RLIシステム、TCP/IPシステムで外国・全国のハムと交流。まだインターネットがなかった時代だった。

1989年(平成元年)現在住んでいるところに自宅新築。同時に庭にパンザマストを立て、144/430MHzのスタックをや50MHzのHV9CVを揚げた。

ところが、この頃からインターネットが普通に使えるようになり、興味はパケット通信からインターネットへ。

2005年(平成15年)ついに無線局免許状が失効(更新手続きをしていなかった)

パンザマストに揚げていたアンテナ類は自宅の外壁工事の時、撤去してもらい、無線機類は全て納屋に収納。

 

それから約15年間アマチュア無線は私の頭には一切なかった。

とことが、今年2017年(平成29年)7月25日、昔むかしパケット通信で遊んだ仲間6人が集ったことがきっかけで、この歳になりアマチュア無線を再開することになってまった。

 

集まったメンバーは、

JA6H**:元日本を代表する通信会社社員。海外協力隊員としても、レバノン、西サモアで活躍。現在大分県無線界の重鎮。

JH6H**:元某カメラ・プリンタメーカーの技術者。彼からMacの手ほどきをうけた。改造したハイエースはみごと。

JH6P**:元某IT関係の技術者。IBMコンパチ機(死語か!)についていろいろ教えてもらった。メカに強い。

JG6F**:現某TV局勤務。彼が高校生の時からの友人。ちょっと変わった作りの家に住んでいる。

JG6T**:現在いくつかの会社の社長。彼も高校生の時からの友人。大分県の無線界でこの人を知らない人ははモグリ。すみません。

に私。

 

その席上、大分県無線界の重鎮から無線再開を強要される。(笑)

正直、「もう、よだきいなあ」と思った。

ところが、今は、無線機とコンピュータ、インターネットを駆使してアマチュア無線を楽しむ時代だと聞かされて、心が動く。(笑)

JH6H**もこの重鎮から説得されて、無線をこの4月から再開したと言う。

 

さて、無線再開を決意してから、、、

この集まりの直後、JH6H**さんから、再開へむけての手続きの方法(今はネットから各種の申請ができるらしい)、最近の無線界について(特にデジタル通信)、運用に必要なソフト関係の詳しい文書がメールで届く。おお。

アマチュア無線界の変化に驚く。おお、これはやってみるしかない。

[旅行]高松、丸亀、直島に行ってきました。(4)

7月31日(月) 旅行最終日です。
妹夫婦を高松空港で送って自宅まで帰ります。

06:30 ホテルの周囲を散歩してみました。

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朝早いので海を望む椅子にはだれも座っていません。薄くもやがかかっています。
昨日から気になってしかたのなかったオブジェで記念撮影を。(笑)
いくつかのオブジェは定期的に取り替えているそうです。

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06:45 ベネッセハウスをチェックアウトです。

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宮浦港まで自転車で。まだ涼しい時間帯ですので気持ちがいいです。
自転車を返えして港に向かう途中にこんな車が駐めてありました。レンタカーかな。
宮浦港前の住吉神社に「環境のまち 直島」という電光掲示板が。
日付に注目を。私の誕生日なのです。いい記念になりました。
この年齢までまさか生きながらえていようとは思ってもいませんでした。
今のところ、どこも異常がありません。薬やサプリメントなど全く飲んでいませんし、健康に良いことなど全くしていません。
ただ、だらだらと生活していますが、元気です。(笑)
あ、Facebookを通してお祝いのメーッセージをたくさんいただきました。
こうして元気に旅行もできるのは、皆さん方や家族のおかげと思っています。
みなさん、ありがとうございました。これからも(これからが大変です)よろしくお願いいたします。

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宮浦港のショップでお土産を買って、高松港行きの船を待ちます。
今日は月曜ですので、高速船はありません。

直島、本当にいい島でした。ごく小さな島と思っていたのですが、、。
想像以上に大きく、綺麗な島でした。また、島民の家がみな大きいのに驚きました。豊かな島なのでしょう。
宮浦港も本村港も、古くなった漁網や発泡スチロールの箱などのゴミが全くありません。
島の人々や多くの関係者の努力の結果なのでしょう。「島」のイメージがかわりました。
気候も温暖のようですし、高松や宇野までの連絡が定期的にあるので、若者の移住先としていいと思います。
もう一度来たいなあ。春に。

09:07 宮浦港発
ちょうど1時間の船旅でした。フェリー、大きいです。
運行は完全自動になっているのでしょうか。

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10:07 高松港着
車を出しに行く前に、またまたお土産を買いに。駅前の香川県のお土産センターのようなお店です。

10:40 高松空港に向けて出発。
途中、うどん屋さんを探していると、電柱に「かわたうどん」という看板がずっと出てくるのです。
矢印に従っていくと、空港のすぐ近くのようです。
ここで今回のうどんツアー3軒目です。
お店のおすすめは「オリーブ牛 肉うどん」らしい。迷わず注文。
周囲を見ると、「鍋焼きうどん」を食べているお客さんが多いのです。この夏の暑い中に。
これもここの名物なのかなあ。

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13:00 高松空港着
妹夫婦は13:55発のJAL便で東京に帰ります。後1週間後には孫家族とともに帰省してきますが。(笑)
私たちも自宅へ。
このままでは予定よりも早く三崎港からのフェリーに乗れそうです。

松山高速道の石鎚山サービスエリアで休憩。
石鎚登山のパンフレットをいただきました。
来シーズン、大分や愛媛、讃岐がJ2にいたら、アウェイ戦の帰りに石鎚山に行きたいのです。
子供の頃、父親たちに連れられて、鎖を伝って山頂まで行ったことがあります。
無事にこの歳になれたのでお礼参りをしたいのです。

フェリーにはネットで予約していた便より2便早く乗船できました。
三崎港ではちゃんと「じゃこ天」も買いましたよ。

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16:30 三崎港発
17:40 佐賀関港着
18:15 自宅着
お陰様で3泊4日の讃岐戦観戦旅行も無事終了です。走行距離、ちょうど700km。
1日の日田市での玉三郎特別公演行きから始まった何かと忙しかった今年の7月が終わりました。
さあ、1週間後は孫達が帰省してくるぞ。

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