[旅行]チベットに行ってきました。(15)

第6日目(その1) 9月4日(日)

今日はこのツアーの実質的な最終日です。
ノルブリンカを観光して、ラサ空港から上海空港まで。今夜は上海で泊ります。

07:00 朝食も相変わらず。
09:00 予定を早めてホテル出発。外は小雨です。
Toさんの提案で、民芸品店でのショッピングを中止して、ショットン祭を見にいくことに。
もしかしたら、大タンカを見られるのかと期待したのですが、、、、。


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09:10 ノルブリンカ着。
ノルブリンカのノルブは宝、リンカは庭の意味とか。ダライ・ラマ7世が建設し、夏季の離宮として機能してきましたが、中国が接収した後は敷地全体が公園になっています。面積36万平方メートル、部屋は374もあるそうです。
駐車場から入口までには大きな樹木が植えられています。この公園の維持・管理は大変だったことでしょう。


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ここのチケットがホログラムになっていました。記念に欲しかったのですが、リサイクルするとかですぐに回収されてしまいました。


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新宮を正面から。中はもちろん撮影禁止です。
この新宮にはダライ・ラマ14世が愛用していた家具、ラジオ(ロシア製)、レコードプレーヤー(フィリップ製だった)などがまだそのまま置かれていました。

1959年3月10日、中国人民解放軍を前に、約3万人のチベット人が離宮の道に集まり、離宮が砲撃される前、3月17日、ダライ・ラマ14世はここを脱出したのです。その時刻を示す時計がそのまま柱にかけられていました。
その後、人民解放軍は、、、。(おっと自主規制)
中国は「チベット平和開放」と言ってますが、この時、多くのチベットの人々が亡くなっているのは事実です。

このノルブリンカの各建物のいたるところに「ラサ市消防」と書かれた制服を着た人がたくさん座っているのです。この消防服、日本のものと色も形も同じものです。中にはちょっとだらしない姿で座っている者も。


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この新宮を中心にたくさんの建物があります。それぞれいろんな意味や歴史を持っているのでしょうが、表面的な写真だけを。


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離宮の広場ではショットン祭の準備中。
この周囲は公園ですから、レジャーシートを敷いてくつろいでいる家族もいます。
ただ残念なことには、空き缶やペットボトルなどのゴミが多いのです。「ゴミは持って帰る」という習慣はないのでしょうか。

年一回のショットン祭ではチベット各地から集った劇団がここでチベタン・オペラを披露するらしいのです。
Toさんはこのオペラを私達に見せたかったのでしょう。でも、なかなか始まりません。
当然、こういう人のたくさん集まる場所には警官がいます。この会場の奥の奥の方にも完全武装した警官がいました。
また、例の消防服を着た人も会場周辺をウロウロと。


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時間を持て余していますので、チベット各地から来たと思われる人たちを撮ってみました。
ただ、若い女性を見つけることはできませんでした。チベットでも若い人の伝統行事離れが進んでいるのでしょうね。


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10:50 ここでのショットン祭は11:00に始まることが判明。私たちは11:00から昼食の予定です。
残念ながらここから移動。公園に続々と人が集まってきています。

11:15 昼食のためレストランに。郷土料理といいますが、チベット料理、ネパール料理とどう違うのでしょうね。
久しぶりに(笑)出てきた料理の写真を載せます。品数は多いのですがねえ。(涙)
もう意地で写真を撮りました。


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昼食後はラサ空港に向かいます。もう帰らねばならないのです。
空港ではまた厳しい保安検査が待っているのでしょうね。

この記事へのコメント

キャンドラ・トリサッポ : 2016/09/30 (金) 10:48:03

ありがとうございます。
チベットのツアー、本当に行ってよかったです。
中国の「すごさ」を感じました。もう、チベットの独立なんて絶対に無理でしょうね。
中国共産党は、ダライ・ラマ14世が亡くなった時を心配しているようですが、何も怒らないと思います。

青蔵鉄道とその両側にある道路の輸送力はものすごいと思います。ラサで何かあれば、戦車や兵士たちが一挙に送り込まれるのでしょうね。青蔵鉄道、もともとは軍事用ですね。

ラサ駅の手前で軍事演習をしていました。列車のすぐ横を軍事用の車が何十台も走っているのです。
また、ラサ空港までいく高速道路を降りて、1時間ほど走ったところにも大きな軍事基地があります。ミサイルも配備されています。両方共写真を撮ってきました。
こおあたりは、ガンジス川やメコン川の源流付近です。ここに大きなダムでも作られたら、インドや東南アジアは完璧に中国の支配下におかれるでしょう。

反中国派の論客たちが、中国経済は破綻すると言っていますが、信じられません。
おまけに、あれだけ広大な面積を持っているいるのに、まだ、海まで欲しがっているのですから。
百戦錬磨の習近平におぼっちゃま総理ですから、勝負にはならないでしょう。
台湾や日本も下手をするとチベットのようになるかもしれません。恐ろしい。



> 歴史の勉強をさせて貰っています。
> ダライラマ14世が脱出した日は私が10歳の誕生日であった事初めて知りました。忘れることはないでしょう。
> トリサッポさんの旅行記はとても読み応えがあります。有難うございます。自主規制の部分をメールででも教えて下さい。だいたい想像はつきますが・・・。

- : 2016/09/28 (水) 18:48:22

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