[旅行]孫の運動会に行ってきました。(4)

10月19日(月)、今日は私にとってちょっとつらい日になります。

 

大学時代からずっとお世話になっていた恩師Oku先生のところにお参りに出かけてきました。

先生は今年6月にお亡くなり、後日、奥様から先輩を通じて連絡をいただきました。

1年前に軽い脳梗塞を起こしたということは知っていたのですが、特にお変わりもなくお元気だと聞いていたのでにショックでした。

家族だけで葬儀をすませたということでしたので、今日まで先生のところにはお参りに行っておりません。

 

私はOku先生の九州時代最後の研究室生です。

私の卒業と同時に先生は東京の大学に転勤となりましたが、私が就職してからも定年退職してからもずっと何かと気にかけてくれていて、九州に台風が来ると、必ず「○○くん、台風は大丈夫だったか」と電話をくれていました。大学を卒業して40年以上にもなるのにありがたいことです。

また縁とは不思議なもので、私の娘1が10年ほど前からたまたま先生のご自宅のすぐ近くに住むことになりました。先生に連絡をしたところ、たいそう喜んでいただけました。

2011年3月、東日本大震災の時、「先生、被害はなかったですか」とお電話したところ、「イヤー、○○くん。久しぶりに会議室の机の上で寝たよ」とお元気な声が帰ってきました。今思うと、これが先生との最後の会話でした。

 

1週間前、Oku研究室の先輩から「○○、Oku先生のところに行くぞ」と電話がありした。

「あ、その日は孫の運動のためちょうど上京中です」と答えると、「よし、それなら羽田空港まで迎えに来い。そして先生のところまで連れて行け」と言うのです。

はい。Oku研究室の先輩のいうことは絶対です。

福岡空港からはHuさんとMuさんが、北九州空港からはHiさんが来るといいます。3人とも非常に個性的な人たちで、特にHiさんはOku研究室の伝説の人物です。

Oku研究室は当時助手であったHi先生が歴代の研究室生をきちんとまとめていて、卒業後もずっと交流が続いていました。

東京に転勤されて、最後はそこの大学の名誉教授になり国から叙勲も受けられたOku先生ご夫妻を何度か九州ににお招きしていました。

行橋、原鶴温泉、湯布院、唐津に行ったことを覚えています。あ、箱根に行ったこともあります。

 

羽田空港からバス、タクシーを乗り継いで先生のお宅へ。

奥様は元気にしておられて私達の訪問を喜んでいただけ、先生のご遺影の前で、九州時代の写真を見せていただきました。

先生のお宅にはちょうど東京の大学での教え子さん達が、先生の書籍などの整理のために来訪されていました。

11月には東京での教え子さん達が中心になり「Oku先生を偲ぶ会」を催し、記念誌も発行するそうです。

東京での教え子さんたちとも話が盛り上がってしまい、長居をしてしまいましたが、奥様からは「九州時代が一番思い出深いのですよ。こども2人も九州で生まれたし。今日は主人が喜んでいますよ」とありがたいお言葉をいただきました。

 

先生のご自宅はメタセコイヤに囲まれた閑静なところにあります。ご自宅で療養中の時、先生は「ああ、森の中に住んでいるようだ」とおっしゃられたとか。

Oku先生は日本でも有名な植物生態学者です。先生と何度も屋久島の原生林調査にいったことが忘れられません。

Oku研究室は歴代11名、残念なことに当時助手であったHi先生と私と同期のToくんは亡くなってしまいました。

おそらくあっちでOku先生と3人で一杯やっていると思います。

先生のご冥福をお祈りいたします。

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