史実とフィクション

今日も、韓国ドラマネタを。
韓国歴史ドラマが面白い。韓国史を体系的に学んでいないオッパーにとっては、いい勉強になる。でも、ドラマである。史実とフィクションをどう組み合わせていくか、脚本家の腕の見せどころであろうし、その背後には国家の意図が見え隠れする。
この点を考えながら、調べながら見ると、歴史ドラマは一層面白い。おかげで韓国史関係の本をたくさん買い込むはめになった。

昨日の「王の女」でも、

 



ちょっと面白いところに気が付いた。このドラマ、時代設定としては、朝鮮王朝第14代宣祖から第15代光海君まで。
この時期ちょうど、文禄・慶長の役が起こっている。
文禄の役(韓国では壬申倭乱)で、宣祖王の第1子の臨海君(キム・ユソクは演技がうまい!)と第6子の順和君が、1592年7月23日に会寧で加藤清に捕らえられるが(事実)、このシーンはなく、ただ、臨海君が敵の手に渡ったとドラマでなっている。
この時、2人は実は朝鮮の民に捕まえられ、加藤軍に引き渡されているのだが、これもドラマで描かれていない。
また、加藤清正はこの2人を丁重に扱い、後に漢城に送り返している。この時、2人の王子は、加藤清正の厚遇に感謝し、手紙を残し、その恩を忘れないために、南大門の近所に清正の廟までつくっている。その手紙は今も紀州徳川家に残っているという。
でも、ドラマでは、臨海君は自分の部下の手引きで、加藤清正軍から脱走したと描かれている(フィクション)。
これは、韓国側として当然。自国にとって都合の悪い事実はドラマにしないであろう。

DSCF0858-s.jpgところが、話は前後するが、朝鮮王朝の建国者李成桂が建てた景福宮(キョンボックン)の焼失では、このドラマははっきり史実を描いている。
韓国史の本を読んでみると、「景福宮は1592年豊臣秀吉の壬申倭乱で焼失した」ととある。韓国人が書いたものも、日本人の著者によるものも、ほぼ同様なな書き方である。この書き方では、日本軍が景福宮を焼き払ったと思うはず。オッパーもずっとそう思っていた。一昨年、ソウル観光の際、景福宮にも行った。「ああ、ここに豊臣軍が乱入して、虐殺が行われ、最後には歴史のあるこの宮を焼いたのだ」と思った。

ところが、「王の女」の第11話ではっきり説明があった。「1592年4月29日、景福宮、昌徳宮、昌慶宮が焼かれる。日本軍でなく、激怒した民によって燃やされたのだ」と。
日本軍(小西行長軍、加藤清正軍)が首都である漢城に近づいたので、宣祖王や高級官僚たちが民を捨てて逃げ出した。王から見捨てられた民衆が、焼き払ったのだ。この時、過酷な差別を受けていた民たちが、宮に残されていた奴卑文書を燃やしたという。(このシーンもあった)
日本軍の1軍(小西行長)が5月2日、2軍(加藤清正)が翌3日に漢城に入場している。とすれば、このとき、既に景福宮は焼失していたのだ。
ないものを焼くことはできない。焼いたのは日本軍ではない。

この景福宮の焼失シーンをドラマ化し、わざわざ、「日本軍ではない。朝鮮の民だ。」とはっきりと描いた真意は何であろうか。自国の利益にならないのに。このシーン、日本での放映は予想していなかったはず。そうであれば、韓国の人にどんなメッセージを伝えたかったのだろうか。
おかげで、オッパーは、景福宮の焼失の真相がわかったが。

ついでに、昨年、韓国で評判になった「韓半島」という映画で、再建された景福宮が出てくる。また日本がらみで。「インピ暗殺」のシーンだ。これも史実とは違うよう。この映画は明らかに反日を意識して作っている。今、「インピ暗殺」の本を読んでいる。

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