[旅行]紀伊半島に行ってきました。(5)

6月19日(火) 第3日目。

ツアー最終日は、伊勢神宮(外宮、内宮)に参拝し、新大阪から博多まで。
先日の地震の影響が心配ですが、新幹線はすでに動いているようです。

06:30 朝食。地震による大阪近郊の混雑が予想されるので、出発時間を30分早めましょうとのこと。
朝食はいつもパン食です。海外旅行でも、国内旅行でもこのスタイルは変えません。

07:00 ホテル出発。
国道42号線を北上、新宮市を抜けてたところで海岸が見えてきました。
綺麗な砂浜です。ウミガメが産卵にやってくるそうです。
徐福之宮の話を聞きながら、熊野市を通過したところで山の中に入っていきます。紀伊半島の東側を走っていのです。
紀伊半島は大きいです。おまけに、和歌山県、奈良県、三重県が複雑にからみあっています。


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道の駅で休憩をとったあと、真珠製品のお店に立ち寄ります。
わたし、真珠などの装飾品に全く興味がありません。トイレだけをお借りしました。(すみません)
バスのガイドさんは「ここで何か買って下さい」などとは一言も言いません。よかったです。
台湾旅行の時は、現地ガイドさんが、「北投石の腕輪を買って帰って下さい。これほど健康によいものはありません」としきりにすめられましたが。


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11:00 伊勢神宮外宮着。
外宮(豊受大御神宮)は豊受大御神をお祀りしています。
豊受大御神は内宮の天照大御神の食事を司る神様だそうです。
このあたりの知識を根本的に欠いていますので(涙)、食事の神様としか理解できません。
極めてシンプルな作りの神社ですが、かえって神々しいです。


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12:10 伊勢神宮内宮着。
内宮(皇大神宮)は天照大御神をお祀りしています。これぐらいは知っています。
宇治橋を渡って、、、


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五十鈴川で身を清めます。
ガイドさんから「手だけでいいですよ。時々、全身を清める(誤って川に落ちる)方がいます」との注意が。


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境内は静寂に包まれています。


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いよいよ内宮に参拝します。
階段を一歩のぼると、そこからは写真撮影禁止。ここは衛視?の方がしっかりと見張っていました。
ここも至ってシンプルな造りです。ごたごたした飾り物は一切ありません。
後でガイドさんは「伊勢神宮は神様にいろいろお願いするところではありません。日々の生活の感謝をするところです」と。
え、しまった。孫のことを真剣お願いしたのに。

参拝後、境内でWi-Fiの案内板を見つけました。内宮にも時代の波が打ち寄せているのか。
ああ、何かこの場所にはそぐわないものを見てしまいました。
ツアーですので、お伊勢さんのほんの一部しか見ていません。
仕方がありませんね。


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内宮でお神札と御朱印をいただきました。
御朱印もいたってシンプルです。


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12:50 伊勢神宮参拝後の昼食です。
伊勢名物(伊勢うどんと手ごねずし)をいただきました。
さあ、お土産を買いに「おかげ横丁」と「おはらい町」に。


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お伊勢さんと言えば赤福でしょう。
お土産にしようと思ったのですが、日持ちしないというので、ここでいただくことにしました。


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この時期は特別な赤福があると聞いていたので、本店とは別の「赤福」さんへ。
かき氷の中に赤福が入っています。


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14:20 おかげ横丁発。
新大阪駅まで約340km。松阪市、津市、亀山市と走って、忍者の里伊賀で休憩。
ここのサービスエリア、お店の人が忍者の格好をしていました。外国からの観光客は喜ぶでしょうね。


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さらに、天理市、羽曳野市を通って大阪市へ。
大阪市出身というバスガイドさんはさすがです。このあたりの歴史に詳しい詳しい。
地震の影響はまったく感じられません。震源の位置からすると、もっと北の方が被害を受けているのでしょうか。
小学生が犠牲になったという痛ましいニュースを聞きました。

18:00 渋滞も全く無く、無事に新大阪駅に着きました。新幹線も走っています。
ここから19:05発ののぞみ49号で博多に帰ります。
時間があるので、最後のお土産を買って、新幹線の中で食べようと駅弁を探したのですが、ほとんどが売り切れ。
「牛タン弁当」しか残っていません。大阪で「牛タン」か!


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19:05 のぞみ49号グリーン車に乗車。ほぼ満席です。
発車と同時に、お弁当ろ缶ビールを。(笑)

21:33 博多着。
ツアー同行者のほぼ半数が小倉駅で降りました。熊本から参加の方はこれから乗り換えて熊本駅まで、五島列島からの参加者は今晩博多に泊まって、明日船で帰るそうです。
私達も今夜は博多に泊まって、明日は博多で遊んで帰ります。
前泊で泊まったホテルにチェックイン。急いでTVをつけます。
そうです。21:00からW杯ロシア大会の日本対コロンビア戦があってるのです。

おお、コロンビアに勝ちました。これは凄いことです。2-1で。大迫のゴールを見られました。
今、友人がロシアに行っています。Facebookでいろんな情報を載せてくれていますが、日々トラブル続きのよう。
彼からは「一緒に行こう」と誘われ、真剣に検討したのですが、高齢者には難しいと思い断念しました。
彼には「一次リーグでゴールが1つでも見られたら行ったかいがあるね」と話していたのに、2点も入れて勝利するとは。
しかも相手はコロンビアですよ。

あ、、よく考えたら今回のツアー、前泊は大分トリニータ4-1松本山雅、後泊は日本2-1コロンビアと応援しているチームが勝っている。(笑)


6月20日(水)
博多で遊んで帰るつもりでしたが、ちょっと用事ができたものですから、博多駅でモーニング食べて、09:00過ぎの列車で出発。
お昼過ぎに無事自宅に到着。
博多丸善で買うはずだった本は列車内からAmazonに注文しました。
念願だった高野山とお伊勢さんにお参りができました。
さあ、次はどこにいこうかな。

[旅行]紀伊半島に行ってきました。(4)

6月18日(月) 第2日目(2)

瀞大橋の近くにあるジェット船乗り場で下船。
バスで約10分ほどのところの駐車場(近くにホテル瀞流荘がある)で、マイクロバスに乗り換えて、丸山千枚田に向かいます。この駐車場には何故かトロッコ列車の駅があるのです。
昔ここ熊野市紀和町には鉱山があって、掘り出した鉱石を運搬するための貨車の軌道を今は観光用に利用しているのでしょう。
戦時中、ここで働かされていた外人(イギリス兵?)や韓国人のお墓があり、鉱山の資料館もありました。


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11:15 丸山千枚田着。
マイクロバスの運転手さんが案内してくれます。
以前TVでこの丸山千枚田には1340枚の畑があると聞いたことを覚えていたのですが、休耕田を含めると2000枚以上あるそうです。
歴史も古く1601年にはすでに2240枚の田んぼがあったという記録が残されているとか。
ただ、ここ最近この集落の人口は減る一方で、子供はいなく、平均年齢は71歳ということです。

したがって、この田んぼの維持・管理が難しく、今は集落の住人と一緒に管理団体がこの景観を守っているそうです。
県内外からも千枚田維持の支援者も多く、田んぼ1枚の出資金がが3万円だそうです。
広さによって金額に違いはないらしいです。
一番小さい田んぼ、なんと稲がたった3株しか植えられていません。
出資者にはここで取れたお米が送られます。綺麗な湧水で育ってできたお米は美味しいそうですよ。


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このあたりの歴史は古く、バスのガイドさんからは、神武天皇、後醍醐天皇、楠木正成、織田信長などの話が次々にでてくるのです。まいった。


12:20 昼食は「レストラン 熊野川」で。
ここジェット船の発着所にもなっています。瀞峡観光の拠点のようです。外国人観光客も多くいました。
平成23年の紀伊半島大水害の時は、レストランのモニュメントで「~」のところまで増水したと聞きました。


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昼食の後は、熊野三山の熊野速玉大社に向かいます。

13:30 熊野速玉大社着。
古来、多くの人々が熊野古道伊勢路を歩いて、ここに参拝に訪れたのです。
入り口にナギの巨木があります。ナギの葉の葉脈は縦だけに走っていて強いので、「大切な人との縁が切れない」ということで、この葉を持ち帰るとよいそうです。


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この大社の主神は、イザナミノミコトとイザナギノミコト。この2神は私でもわかりますが、あとの神様の名前は、、。


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お土産屋さんで、ここの有名なお餅(名前は忘れました!)をいただきました。ちゃんとナギの葉をつけてくれました。
御朱印もいただきました。この大社も八咫烏がシンボルとして使われています。


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ツアーは忙しいです。
次は熊野那智大社です。途中、熊野古道を歩くらしいのです。
14:30 大門坂付近の駐車場着。
ここにサッカー女子日本代表のモニュメントを発見。いいねえ。


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代表選手たちの足型(キーパーは当然手型)もあります。ずっと応援していた鮫島選手と澤選手のものを探しました。
2人とも意外に足は小さいのです。「鮫ちゃん、ベタ足じゃねえ?」などと、ここでも我が夫婦だけが興奮したのです。


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さあ、いよいよ熊野古道大門坂を歩きます。
南方熊楠が粘菌類研究のため3年間滞在したという大阪屋旅館跡を左手に見て、振ヶ瀬橋を渡ったら、神域です。
夫婦杉を見て、大門坂を登ります。雨の後でもあり、雰囲気がいいです。濡れた石段に注意しながら歩きます。
ツアーは良くしたものです。この大門坂を最後まで歩くのかと思っていたら、途中にバスが迎えにきてくれていて、那智大社の表参道近くの駐車場まで連れていってくれるのです。これで、「熊野古道」を歩いたことになるのです。一応。(笑)
駐車場にはちゃんとお土産品店の方のお迎えもありましたよ。


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さあ、意を決して表参道の石段を登ります。これは少々きついです。
最初に、那智山西岸渡寺にお参りして那智の滝を見にまわります。
那智山青岸渡寺にも日本代表の必勝祈願ユニが奉納されていました。
那智の滝はここ2~3日の雨で滝の水量が増えているそうです。
続いて、熊野那智大社へ。何かの工事をしていました。
社の屋根の下の垂れ幕(?)には、ここでも八咫烏が描かれています。


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ご御朱印もしっかりといただきました。


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熊野三山の参拝を終えて、熊野川に沿って勝浦方面に向かいます。
今夜のホテルは「ホテル浦島」。多くのツアーはこのホテルを利用している様子です。
勝浦港から連絡船に乗ります。

17:00 ホテル着。
バスのガイドさんから、「ホテル浦島」は巨大なホテルですので、館内で迷わないようにとか、フロントでマネージャーから館内地図を受け取り、「館内で迷ったら、廊下の誘導ラインにしたがって下さい」などとの注意がありました。お風呂も凄いそうです。
でも、私達夫婦は別府市にも住んでいたことがあります。「杉の井ホテル」があるし、少々の温泉には驚きません。(素直でないなあ)


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夕食はバイキング形式。この地方の食材を使った料理がたくさん並んでいました。
マグロの解体ショーがあり、韓国からのお客さんにうけていました。


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お風呂に向かう廊下に、こんなポスターが。こういうものにはすぐ目がいきます。
このポスターを見上げていると、韓国からきたと思われるおばちゃんたちの一行が。「それは何か」というような顔をするので、
「サッカーのポスターです」と。「おばちゃんたち、韓国のどこから来ましたか?」と聞くと、「釜山から」と。
「釜山は4回行ったことがあります。海雲台や龍頭山公園がよかった」と返事を。(ここまでは何とか韓国語でできました)
すると、「海雲台」と聞いた韓国のおばちゃん一行は猛烈な勢いでしゃべり始めるのです。こんなに早口な会話にはついていけません。まいった。


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エレベータにも貼ってあったこのポスター、日本サッカーと八咫烏の説明が書かれていました。
写真ではわかりにくいので、文章だけを引用しておきます。


(表面)
導け勝利へ!
導きの神鳥
八咫烏の”熊野”は応援します。
日本サッカー協会のシンボルマークに使われている3本足のカラスは、八咫烏(やたがらす)と呼ばれ、熊野三山では熊野権現の使いとして崇められています。多くのサポーターの願いと多くの祈りが代表選手に届きますように!!


(裏面)
日本サッカーと熊野の八咫烏
熊野の神鳥 八咫烏
 熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社・那智山清岸渡寺)では、八咫烏を神様の使いの鳥としています。神武天皇が霊地:熊野に迂回し、八咫烏の先導で太陽を背にして大和に攻め上り、日本の国を開いた故事(日本書紀)にちなんだものです。八咫烏は太陽のシンボルでもあり「南山」と呼ばれた熊野にふさわしい魂を運ぶ霊鳥とされています。

<熊野本宮大社の烏のマーク> <熊野速玉大社の烏のマーク> <熊野那智大社の烏のマーク>


日本サッカーの始祖・熊野の中村覚之助
明治11年、和歌山県東牟婁郡那智村浜の宮(現:那智勝浦町)に生まれた中村覚之助は、同32年、和歌山師範学校をを卒業後、東京高等師範学校(現:筑波大学)に入学しました。同36年、中村覚之助は坪井玄道教授が海外から持ち帰った米国の「アソシエーション・フットボール」を日本初のサッカー指導書として翻訳・出版し、同校にア式蹴球部を創設。同37年2月6日には、日本人初の東京高師チームと横浜外人倶楽部の対外試合を主導するなど、「日本近代サッカーの始祖」とよばれるにふさわしい業績を残しています、同年3月、東京高師を卒業後、中国の済南師範学校で教鞭をとりましたが、同39年7月、29歳のの若さで逝去しました。
 熊野出身の中村覚之助が、そのマークの発想に影響を与えた可能性が指摘されています。


ここまで引用して、次に忘れてはならないことを書いておきます。
日本代表のユニについている八咫烏のシンボルマーク(1931年制定)は、我が大分県の臼杵市出身の日名子実三という彫刻家がデザインしたののです。
日名子実三は、明治45年(1912年)臼杵市に生まれ、現臼杵高校から東京美術学校(現:東京芸大)に進み、東京美術学校を主席で卒業した方です。熊野出身の中村覚之助と臼杵出身の日名子実三はどこで接点があったのでしょうか。
W杯ロシア大会が近づいてきましたが、地元臼杵市ではこの日名子実三のことは話題になっていないようです。

おっと話がサッカーの方に行ってしまいましたが、この「ホテル浦島」は確かに大きいです。
が、「杉の井に比べるとまだまだ、、、」とはうちの奥様の弁。(笑)
ただ、忘帰洞や玄武洞という温泉はよかった。
これらの温泉、海岸に自然にできた(おそらく)洞窟を利用したものです。浴槽のすぐ前が岩場になっています。そこに太平洋からの波が直接打ち付けるのです。しかも、今夜は台風(温帯低気圧に変わってはいましたが)の影響で、波が大きいのです。
隣(女湯)から叫び声も聞こえます。時折波が浴槽に飛び込んでくるのです。
お風呂ですから当然写真は撮れません。うーん、残念。
こういう温泉はさすがの別府温泉にもありませんね。


さてさて、今日はよく歩きました。早く寝ることにします。
明日はいよいよ伊勢神宮です。

[旅行]紀伊半島に行ってきました。(3)

6月18日(月) 第2日目(1)。
今日は熊野三山参拝とウオータジェット船に乗っての瀞峡めぐり、丸山千枚田に行きます。
宿泊は勝浦温泉ホテル浦島。17:30到着予定。強行軍ですなあ。

朝食はいつものようにパンとコーヒー。ご飯はいただきません。
08:00 お世話になった「川湯みどりや」を出発。少し雨が降っています。
しばらくして天気予報を見ようと端末の電源を入れたら、Facebookのメッセンジャーやメーラーに着信のお知らせが表示されています。
友人・知人から「地震は大丈夫か。旅は続けられるのか」との内容です。
何のことかよくわかりません。どうも大阪で大きな地震があったらしいのです。
Yahooニュースなどで調べたところ、今朝07:58に大阪北部で震度6弱の大地震があったとのこと。
全く気が付きませんでした。07:58といえば、ちょうどバスに乗ったばかりの時刻。宿の方も見送りで玄関に立っていたのに、誰も気が付ついていないようでした。
早速友人たちに返信を。「まったく気が付かなかった。普通にツアーは続けられます」と。
大阪の被害が大きくなければいいが。


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08:10 熊野本宮大社着。
熊野本宮大社は今年(平成三十年)は御創建に二千五十年にあたるそうで、特別拝観や特別な御朱印が授与されるといいます。いい年に来れたものです。創建2500年ですよ、何か算用数字で書いたほうがピンとくるなあ。
私達ツアー一行も特別参拝ができ、神主さんからお祓いをしてもらえました。

門をくぐったら、そこは神域。当然、写真撮影はできません。でも、女性の外人さんが写真をとったり、三脚をどうどうと広げている日本人の若者がいましたが、神主さんは特に注意はしません。外人さんはともかく、あの若者、注意書きもあるし、周囲の雰囲気からも察しないのかなあ。


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熊野本宮大社の新門の前に看板が、、、。明日19日にワールドカップ日本代表の必勝祈願祭があるようです。記念に1枚。
「代表の必勝祈願がある!」とか「特別な御朱印がもらえるらしい!」と騒いだのは私達夫婦だけ。
他の人は全く興味ないようで、、。サッカーはともかく、御朱印はいただけばよいのに。(いらぬお世話ですね)


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特別参拝の記念にいただいた「お箸」と特別な御朱印。


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社務所で普段の御朱印もいただきました。
そこに、こんなものまでありました。八咫烏のストラップです。これは買っておかないと。


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今使っている御朱印帳(日光東照宮で記念に買ったもの)のページが残り少なくなっていました。
よくしたものです。社務所に杉でできた御朱印帳があるのです。これはいい記念になります。妹夫婦たちのお土産としても。
この杉板の御朱印帳にも御朱印をいただきました。


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さてさて、どうしてこの熊野本宮大社とサッカーが関係あるのでしょう。
不思議に思っていたのですが、、、、。今夜の宿泊先でわかりました。

さあ、雨も止んだところで、瀞峡遊覧です。
10:00 ウオータジェット船乗り場着。
船は熊野川のずいぶん下流からここまで上って来るようです。
このあたりは和歌山県、三重県、奈良県の三県の県境が接していると船のガイドさんから教えてもらいましたが、よくわかりません。
でも、自宅を出るときから「GPS Track Recorder」と「APRSdroid」を端末で走らせていますので、後でじっくりと調べてみます。

瀞峡を作っている熊野川の上流は水量も多く、水は非常に綺麗です。川原は広いうえにゴミがありません。
こういう雰囲気をもった川は九州にはないでしょうね。
もう少し流れが急な場所があればゴムボートによるラフティングも楽しめそうだし、緩やかな流れをいかしてカヌー遊びもいいでしょう。


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ちょっとお腹がすいてきましたが、次は丸山千枚田です。
バスの運転手さんは大変です。狭い道を丁寧に走ってくれます。後続車への配慮も忘れません。ちょっと広いところに出ると、前方を確認して、後続車(普通車やバイク)を先に行かせるのです。うまいなあ。

[旅行]紀伊半島に行ってきました。(2)

6月17日(日) 第1日目。
新幹線で博多から新大阪まで。観光バスに乗り換えて、世界遺産の高野山(奥の院)にお参りして、谷瀬の吊り橋に行って、川湯温泉泊まりです。

07:20 博多駅集合。途中小倉駅からもツアー参加者が乗ってくるそうです。
朝食は駅構内のコーヒーショップでモーニングをいただきました。朝早くから、ノートパソコンを開いて仕事をしている会社員風のお客さんがいます。
「できる会社員はPanasonicのLet'Note。おしゃれな若者はMacBook」と思いません?


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このツアーでお世話になる熊野観光バス。バスを間違えないようにナンバープレートの数字を覚えておいて下さいとのこと。
「802」です。お、我が深谷(どうしているのかなあ)の誕生日の次の日じゃ。これで覚えられる。高齢者はなにか工夫しないと覚えられないのです。(笑)
運転手さん、ガイドさんとも素晴らしかったです。

高野山へ向かう途中、岸和田サービスエリアで休憩。昼食用のお弁当を受け取ります。
岸和田と言えば、「だんじり祭り」。何か荒々しいイメージがある地名ですが、サービスエリアはいたってのんびりとした雰囲気です。
駐車場に停まっていたキャンピングカー。いいねえ。


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11:50 和歌山県に入りました。初めての和歌山県。これで残すは新潟県だけ。


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13:15 高野山着。
標高900mの山の上の盆地に大きな町が開けています。
高野山と言っても今回参拝できたのは弘法大師御廟のある奥の院だけ。
いったいどれほどのお寺さんがあるのでしょう。この町のホテルか宿坊に何日か宿泊しないと全てにお参りはできないでしょう。

ここの参拝は専門の方が案内してくれます。
参道の両側には巨大な杉の木と墓碑が。その数、20万基をこえるとか。おお。


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その墓碑にはロケットやシロアリを供養するものや、


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阪神淡路大震災や東日本大震災で亡くなった方を弔うための墓石、戦没者を弔うもの、


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歴史上有名な武将たちの墓標、さらには無縁仏まで、、。
また、日本や韓国の大企業の関係者、財をなした人たちの墓標もありました。

今、この場所にお墓を作ろうとしたら、おそらく数億円はかかるでしょうとのこと。
案内人の方は「ここはなかなかお参りに来にくい(冬場の積雪も多いそうです)場所ですから、皆さんは自宅近くのお墓に、いつでもお参りにいく方がご先祖様はお喜びになりますよ」と言ってました。
正論だと思います。弘法大師様のお側近くで眠りにつきたいという気持ちは理解できますが、弘法大師様の方がいつでも私達の近くにいて見守ってくれているわけですから。自らの財力を誇るために、また、税金対策のために慰霊碑をつくるとは、、。
小さな石ころのお墓をピラミッドのように積み重ねた無縁仏の塔の方がいいです。


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参道を2kmほど進むと橋があります。ここからは聖域で写真撮影はできません。
今でもあらゆる人を救ってくれているという弘法大師様が即身仏になった廟の前で、日頃から信仰心の乏しい私もしっかり家族の健康をお願いしてきました。
あ、思い出しました。うちの家の庭に弘法大師様の石像があって、春と秋の2回、「おせったい」をしていました。

ツアーです。もうちょっと他もお参りしたかったのですが、慌ただしくお参りをすませて、次へ。
あ、御朱印は忘れずにいただいてきました。


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16:15 谷瀬の吊り橋着。
このあたりは紀伊半島のど真ん中です。林道のような国道を大型の観光バスで走ります。運転手さんはうまいなあ。

日本一の吊り橋と案内板がありますが、今や長さも高さも他に抜かれています。
確かに九重の夢大吊橋の方が大きいです。大分県人としてはちょっと自慢したくなります。(笑)
でも、実に面白い吊り橋でした。
揺れるのです。大きく、上下左右に。別に他の人が揺らしているわけでもないのに。
歩きにくい、歩きにくい。下手をすると転んでしまいそうで、余計な力が足にかかります。
真ん中の板の両側には金網が張ってあるのですが、肝心な板の下側はどうなっているのでしょうか。板が割れたりすると、、。

地元の人にはバイクと自転車の乗り入れが許可されているそうです。バスのガイドさんはこの吊橋をバイクで渡るのが夢だと話していました。乗ったままで渡り切るには相当なバランス感覚が必要でしょう。


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18:00 予定時間ジャストで今日の宿泊地の川湯温泉「川湯みどりや」着。

名前のとおり、川沿いに露天風呂があります。露天風呂は混浴とのことです。
男性はタオルを巻いて、女性は入浴用の浴衣を着て下さいとのこと。なんな!
この露天風呂、よく観察したら(ははは)、男性用の大浴場の前に一つ、女性用の大浴場の前に一つ作られています。
まあ、わざわざ男性側から隣の女性側にある露天風呂に向かう変わり者はいないでしょう。

今日は宿泊者が少ないようで、大浴場も私しかいないし、露天も私以外だれも入ってきませんでした。
川(大塔川)が非常に綺麗です。カジカの声が聞こえてきました。
後でうちの奥様が言うには、西洋人の母子が露店風呂に入っていったとか。
このホテル、日本風のホテルですので外人客は喜ぶでしょうね。
でも、私達はベットの方がいいです。

夕食は半バイキング形式。清流のため、鮎の塩焼きが名物なのかな。私、鰻と鮎は食べませんので、、、。
他に特に名物らしいものはなかったです。


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[旅行]紀伊半島に行ってきました。(1)

「美しき紀伊半島周遊」という福岡発3日間のツアーで高野山、熊野三山、伊勢神宮の参拝に行ってきました。

ツアーそのものは3日間ですが、田舎からの参加ですので、前泊・後泊が必要です。
最近はホテルの予約がなかなかとれません。「前泊・後泊のホテルをとってくれればツアーに申し込みます」と旅行社に相談すると、ものの10秒もしないうちに「OKです。予約できましたよ」との返事がかえってきました。
いつも利用している博多駅筑紫口の前にあるホテルをとってもらえました。博多駅構内から直接ホテルの入口にいけるので、雨天のときは便利なのです。大手旅行社がホテルを押えているのですね。

したがって、旅行期間はは6月16日(土)~20日(水)の5日間に。まあ、時間だけはたっぷりとあるのでかまいません。
ところが、後でこの日程をよく考えたら、6/16はトリニータの対松本山雅戦、6/19はロシアW杯対コロンビア戦なのです。ああ!

で、6月16日(土) 前泊。
お昼すぎ、自宅出発。
16:30 ホテルチェックイン。荷物を部屋に置いて、博多の街へ。当然、夫婦別行動(笑)。
17:30 東急ハンズ入り口で待ち合わせ。
私、行くところは決まっています。「丸善」さん。
欲しい本がたくさん見あります。旅行中なので帰りに買うことに。広大なお店ですので、書棚の場所(番号をふっています)をメモ。
18:00から対松本山雅戦が始まっていますが、途中経過の情報は見ないようにして、博多駅地下街で定番のモツ鍋などで夕食をいただきました。
ホテルに帰って後半戦からDAZNで観戦。ふふふ。1-2で勝っている。ホテルのWiFi、調子いいです。


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トリニータいいねえ。大分トリニータ4-1松本山雅。
反町監督の試合後のコメントが、、、。気持ちはわかりますが。
よし、これで明日から明るい気持ちでツアーに出発できる。

[PC・無線]THE FANCY CRAZY ZIPPY

4月14日(土) 雑誌類の処分を続けています。

今日はこんな雑誌がみつかりました。
{THE FANCY CRAZY ZIPPY」という手書きの冊子です。
自作のQRP無線機やアンテナにこだわって毎月発行されたものです。
手元にある最新のものは第112号(1984年9月号)ですから、ずいぶん続いて発行されています。
手書きの冊子は非常に趣があります。
この冊子で紹介された「6m用ヘンテナ」を作った記憶があります。

いやー、これは懐かしい。資源ごみとして捨てることはできません。
記念に永久保存です。
発行者のJH1FCZ(大久保さん)はお元気にされているのでしょうか。


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[日々]生しらす丼。

4月10日(火) 生しらす丼を食べに行ってきました。

リフォーム前の家の片付けが続いています。
タンス、ソファー、布団、衣類、食器類などなど、出てくる出てくる、、、。
うちの市では、粗大ごみは清掃センターに申し込んでおくと、家まで2トン車で取りにきてくれます。
1回3070円。助かります。
東京では考えられないようなシステムだそうで。

今日はちょっと片付けをお休みして、佐伯市米水津にある生のしらすを食べさせてくれるというお店に行ってきました。
生のしらすですので、漁にでても捕れなかった時には食べられません。

11:00開店というので、ちょっと早めにお店の前で待つことに。一番乗りです。(笑)
開店と同時にお客さんがどっと入ってきて、満席になってしまいました。


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しらす漁はここのお店のご主人さんがされているようです。


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しらすコロッケ、しらすのかき揚げと最後に生のしらすがたっぷりのった丼が出てきました。
食後はお店の付近の散策もしてきました。
大満足です。このお店、おすすめですよ。
ただ、料理が出てくるまで時間がかかることと、トイレがお店にないので要注意です。


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[PC/無線]本の処分

4月10日 納屋に置いてある本の処分を始めました。

自宅の書斎に置いてあった本の処分をかなりしました。
専門書の多くは業者に買い取ってもらいましたが、たいした金額にもなりませんでした。
もう面倒くさいので、「資源ごみ(紙類)」として、処分することにしています。
ところが、本棚にせっかく空きができたのに、最近また満杯になってきています。(涙)

その上、納屋の置きっぱなしにしている本や無線機、コンピュータ類などを始末しなければならなくなってきました。
まずは本から。
「雑誌類」と書いているダンボールを開けてみました。
昔懐かしい「ラジオライフ」や「モビルハム」などの雑誌がでてきました。
「ラジオライフ」は確か創刊第2号から買い始めたと記憶しています。


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ここ最近、コンピュータ関連の雑誌の廃刊や休刊が続いていると聞いています。アマチュア無線関係は「CQ」誌は続いています。この頃(1980年台かな)はいろんな面白い雑誌がありましたねえ。(笑)

さて、納屋にはまだまだたくさんの本が残っています。
何がでてくるか。楽しみではあるのですが、正直言って、「よ だ き い !」

[日々]引っ越し荷物

4月3日 引っ越し荷物が届きました。

この3月末で定年退職した義弟夫婦が、隣に居住してくることになりました。
今日はその引っ越し荷物が東京から届きました。
とりあえず、納屋に収めることに。

引っ越し業者の作業は凄いです。さすがはプロ集団。
責任者が荷物のチェックリストと照らし合わせながら、荷物をテキパキと降ろしていきます。
引っ越しの時、よく荷物が行方不明になると聞きますが(私も経験があります)、これでは間違いはないでしょう。


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移住先の家は、十数年近く空き家になっており、しかも生活用品はそのままです
これから、リフォームのために家の中の片付けねばなりません。大変です。
リフォームが住むまでは、しばらく我が家で生活します。

[日々]孫1号の春休み(6)

3月30日(金) おばあちゃんが午前中から用事で外出するというので、今日はおじいちゃんだけで子守です。

孫1号は、また、図書館と公園に行きたいといいます。
母親からきつく言われて言われている(笑)国語と算数のドリルをしてから出かけることにします。
算数の計算方法、昔とずいぶん違うのです。
ノルマのページ数を終えて、隣町の図書館に向けて出発です。

昼食はマグロ好きな孫1号のために、「マグロちゃんぽん」を食べに。
ところが、お店がおやすみです。しまった。
仕方なく、近くの別のお店へ。「ひゅうが丼」をぺろりです。
孫1号は実によく食べます。おかげでほとんど病気をしません。小学校入学以来、皆勤を続けています。
小さい頃はちょくちょく病気をし、心配したものです。
水泳教室や体操教室に通い、今は、ボルダリングにもはまっています。
よく食べ、よく運動するのがいいのでしょう。


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春休みのためか、公園は子どもたちでいっぱいです。ソメイヨシノも満開です。


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遊び疲れた(おじいちゃんが)ので帰宅。
後はTV「ドラえもん」シリーズに付き合わされてしまいました。

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